「すみません、今日中に終わりませんでした」。
夕方になると、部下からこの一言を聞く日があります。

本人は手を抜いていたわけではありません。
むしろ誰より遅くまで残って、黙々と作業していました。
それでも終わらないのは、取りかかる前に「これは2時間で終わる」と思い込んでいたからでした。

はじめまして、メーカーの営業企画課でチームリーダーをしている村瀬早紀です。
入社して15年、リーダーになって2年目です。
家では小学生と保育園児の母親で、時短勤務の時期も経験しました。

実は私自身、若いころは「仕事が遅い人」でした。
自分は要領が悪いのだと長いあいだ思っていましたが、今振り返ると、つまずいていたのは能力ではありません。
「この作業に何分かかるか」という時間の感覚が、毎回ずれていたのです。

この記事では、時間の見積もりがずれる理由を心理学の研究をもとに整理し、私が職場で続けている小さな工夫を紹介します。
「頑張っているのに終わらない」と自分を責めている方に読んでいただけたらうれしいです。

「仕事が遅い」と感じる場面の多くは、見積もりのズレから始まる

仕事が遅いと悩むとき、多くの人は作業スピードそのものを疑います。
けれど実際に困るのは、作業が遅いことよりも「予定していた時間に終わらないこと」ではないでしょうか。

予定どおりに終わらなければ、次の仕事が押し、残業が増え、周りからは「仕事が遅い人」に見えてしまいます。
出発点にあるのは、多くの場合、最初の見積もりです。

卒業論文の提出予測は、平均で3週間ずれていた

カナダの心理学者ロジャー・ビューラーらが1994年に発表した研究があります。
卒業論文に取り組む大学生に「いつ書き終わるか」を予測してもらい、実際に終わった日と比べたものです。

項目結果
最も現実的だと思う予測平均33.9日
実際にかかった日数平均55.5日
予測どおりに終えた学生29.7%
「最悪の場合」を想定した予測平均48.6日(それでも実際より短い)

出典:Buehler, Griffin & Ross(1994)Journal of Personality and Social Psychology

予測どおりに終えた学生は3割に届きませんでした。
驚いたのは、最悪の事態を想定した予測でさえ実際より短かったことです。

同じ論文で紹介されている授業内アンケートでは、学生たちは過去の課題のおよそ3分の2が予想より遅れて終わったと答えています。
遅れた経験を何度も重ねているのに、次の見積もりにはそれが生かされていないわけです。

自信があっても外れるのが「計画錯誤」

このように、所要時間を楽観的に見積もってしまう傾向は「計画錯誤(planning fallacy)」と呼ばれています。
1979年に心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが名づけた言葉です。

ビューラーらの別の調査では、1週間以内に終えるつもりの課題について予測してもらいました。
学生は平均74.1%の確信を持って予測したのに、予測どおりに終わった学業の課題は37.1%でした。
自信の強さと当たるかどうかは、あまり関係がなかったのです。

ビューラー本人が米国人格社会心理学会(SPSP)のブログで書いた計画錯誤の解説記事によると、この傾向は家事のような小さな作業から地下鉄の建設工事まで幅広く見られます。
性格や文化の違いを超えて起き、勤勉な人も先延ばししがちな人も、どちらも所要時間を短く見積もるそうです。

つまり、見積もりが甘いのは「だらしない人」だけの問題ではありません。
人間がもともと持っている考え方の癖だと言えます。

時間の感覚がずれる3つの理由

では、なぜ見積もりはずれるのでしょうか。
研究で示されている理由のうち、職場で特に思い当たるものを3つ取り上げます。

目の前の段取りしか思い浮かべていない

ビューラーは解説記事の中で、カーネマンとトベルスキーの考えを紹介しています。
人は見積もるとき、目の前の作業の手順ばかりを具体的に思い描く「内側の視点」に立ちやすい、というものです。

頭の中の段取りでは、資料はスムーズに集まり、途中で電話は鳴りません。
けれど現実には、確認の返事が来なかったり、急ぎの依頼が割り込んだりします。

1994年の研究でも、予測を立てているあいだに考えていることを声に出してもらったところ、過去の経験に触れた発言は全体の7%しかありませんでした。
見積もるとき、人は「前回はどうだったか」をほとんど思い出していないのです。

かかった時間を短く覚えている

もうひとつは記憶の問題です。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のマイケル・ロイらは2005年の論文で、人が未来の所要時間を短く見積もるのは、過去にかかった時間をそもそも短く覚えているからではないか、という見方を示しました。

ロイらの2007年の実験では、初めて取り組む課題では過小評価の傾向が見られず、その作業の経験量が記憶と予測に同じように影響していました。
「いつもの仕事だから1時間で終わる」という感覚そのものが、少し短い側にずれている可能性があります。

頭を使う作業ほど時間を短く感じる

3つ目は、作業中の体感です。
時間の感じ方を調べた117の実験をまとめた分析(ブロックら、2010年)では、時間を意識しながら作業している場合、頭を使う負荷が高いほど、経過した時間を短く感じる傾向が示されています。

企画書づくりに没頭していて、ふと時計を見たら1時間たっていた。
そんな経験がある方は多いと思います。
集中しているときほど、「まだ大丈夫」と感じやすいのです。

ずれる理由職場でよくある場面
目の前の段取りしか考えない返事待ちや割り込みを計算に入れずに「2時間で終わる」と答える
かかった時間を短く覚えている「先月も1時間で作れた」と思っているが、実際は2時間近くかかっていた
集中すると時間を短く感じる資料の手直しに夢中になり、気づいたら昼を過ぎている

職場では「なる早」の受け取り方もずれている

時間の感覚のずれは、自分の頭の中だけで起きるわけではありません。
人と人のあいだでも起きています。

セイコーグループが2026年6月に発表したセイコー時間白書2026によると、他人と時間の感覚が合わないと感じた経験がある人は88.7%でした。
調査は2026年4月に、全国の15〜69歳の男女1,200人と高校生200人を対象にインターネットで行われています。

同じ調査では、「少し早め」が何分前を指すかも聞いています。
「10分前」が52.6%と最も多かったものの、「5分前」と答えた人が10.6%、「20分以上前」が8.4%いました。
「なる早で」と言われて、どう動けばいいか悩んだことがある人も、約3人に1人いたそうです。

上司が「なる早」のつもりで夕方を想定していても、部下は「明日の朝まででいい」と受け取っているかもしれません。
これで提出が遅れれば、部下は「仕事が遅い」と見られてしまいます。
本人の作業が遅いのではなく、締切の感覚がそろっていなかっただけなのに、です。

時間の感覚を取り戻すために続けていること

ここからは、私が自分と部下のために続けている工夫を紹介します。
どれも特別な道具はいりません。

予定と実績を並べて「自分の倍率」を知る

1994年の研究には、希望の持てる結果もあります。
過去に似た課題でどれくらいかかったかを思い出し、予測と結びつけるよう促したグループでは、楽観的なずれが見られなくなりました。

そこで私は、作業ごとに「見積もり」と「実際」を書き残すようにしています。
手帳の端に書くだけでも十分です。

作業見積もり実際メモ
週次の売上報告30分50分データの抽出に手間取った
新商品の提案資料2時間3時間半上司の確認待ちが入った
会議の議事録20分25分ほぼ予定どおり

2週間ほど続けると、自分の癖が見えてきます。
私の場合は、人の確認が入る仕事ほど実際の時間が延びていました。
それからは、確認が絡む仕事は最初から1.5倍で見積もっています。

1分タイマーで手を止めて、続けるか考える

集中すると時間を短く感じるなら、ときどき強制的に時計を見ればいい。
そう思っていたところで出会ったのが、エグゼクティブ・コーチの林健太郎さんが書いた『仕事が速い人が「この1分」でやっていること』(明日香出版社)でした。

本書の「1分単位で考える」という項目では、作業を始めるときにスマートフォンのタイマーを1分かけ、1分たったら一度手を止めて、続けるか別の作業に移るかを自分に問う方法が紹介されています。
私はこれを、資料づくりのように没頭しやすい作業のときに使っています。

1分で止まってみると、「この表を作るのに思ったより時間がかかりそうだ」と早めに気づけます。
気づくのが早ければ、上司に「15時ではなく16時になりそうです」と前もって伝えられます。

頼むときも受けるときも、時刻で話す

チームで仕事をするなら、言葉の受け取り方のずれも減らしたいところです。
私は「なる早」「手が空いたら」をできるだけ使わず、具体的な時刻で伝えるようにしています。

  • 「なる早でお願い」ではなく「今日の16時までにお願いできますか」と頼む
  • 「すぐやります」ではなく「11時半に一度途中経過を送ります」と答える
  • 締切に間に合わないと分かったら、気づいた時点で「17時になりそうです」と伝える
  • 自分の見積もりに自信がないときは「たぶん2時間ですが、確認待ちがあれば延びます」と幅を持たせる

部下にこの話し方をお願いしてから、夕方に「終わりませんでした」と聞く回数は確実に減りました。
遅れそうなことが早めに分かれば、手伝うことも、締切を調整することもできるからです。

『仕事が速い人が「この1分」でやっていること』を読んで腑に落ちたこと

先ほど紹介した本は、2026年10月13日に発売されたばかりの新刊です。
朝の段取り、先延ばし対策、会議や資料作成、伝え方、人間関係、自分のケアまで、1分でできる40の行動が6つの章に分けてまとめられています。

ライフハッカー・ジャパンに掲載された印南敦史さんの書評には、本書の「はじめに」の一節が引用されています。
「足りないのは時間ではなく、その1分に何をするかを決めていないことのほうです」。
私が若いころにつまずいていた理由を、ひと言で言い当てられた気がしました。

同じ書評によると、本書では1日24時間を1440分、睡眠を7時間とすれば起きている時間は1020分、という数え方も紹介されています。
「1日」や「午前中」という大きな単位で考えると時間はぼんやりしますが、分で数えると急に手ざわりが出てきます。

第1章には「感覚に頼らず『時間』を理解する」という項目もあり、目次を見ただけで、この記事で書いてきた悩みと重なると感じました。
本の内容や目次は、版元の仕事が速い人が「この1分」でやっていることの書籍紹介ページで確認できます。

どの項目も1分で試せるものなので、全部を一度に実践する必要はありません。
編集部のメッセージにも「全部を完璧にやらなくて大丈夫です」とあります。
忙しくて新しいことを試す余裕がない人ほど、手に取りやすい本だと思います。

まとめ

仕事が予定どおりに終わらないとき、原因は能力よりも、時間の感覚のずれにあることが少なくありません。

  • 所要時間を短く見積もる「計画錯誤」は、性格を問わず誰にでも起きる
  • 人は見積もるときに過去の経験をあまり思い出さず、かかった時間も短く覚えている
  • 集中しているときほど、時間の経過を短く感じやすい
  • 「なる早」「少し早め」の受け取り方は人によって違う

対策は、どれも小さなことで足ります。
見積もりと実績を書き残して自分の倍率を知ること、1分のタイマーでときどき手を止めること、そして時刻で話すことです。

自分を責める前に、まずは明日の作業をひとつ選んで、見積もりと実際の時間を書いてみてください。
ずれの大きさが分かれば、次の見積もりは今日より正確になります。

最終更新日 2026年10月26日 by ologic