
「もう少し背筋を伸ばしてみて」
カメラマンの穏やかな声が、白い壁に囲まれたスタジオに響く。
レンズの向こう側で緊張する新人モデルに微笑みかけながら、シャッターを切る音が規則正しく刻まれていく。
その傍らで、そっとメモを取りながらモデルの仕草やまなざしの変化を記録するのが、私の十八番だった。
20年以上この業界を見つめ続けてきた私が、今回向き合うのは一つの問いである。
モデルは「商品」なのだろうか?
そんな疑問を抱いていた矢先、ある事務所の哲学に出会った。
彼らが語る言葉は、私がこれまで現場で感じ続けてきた違和感に、静かに答えを与えてくれる。
表層を超えて本質へ。
今回は、読者の皆さんに届けたい、視線の奥の物語を綴ってみたい。
モデル業界の表と裏:価値観の転換点
商品ではなく「人」としてのモデル
私が編集者として『ViVi』で働いていた90年代後半、業界には暗黙のルールがあった。
モデルの価値は「見た目の美しさ」と「商品としての売れ行き」で決まる。
そんな風潮が当たり前だった時代である。
しかし、その後フリーランスライターとして様々な現場を歩くうちに、私の中で一つの確信が生まれた。
モデルは商品ではない。一人ひとりが独自の物語を持つ表現者なのだ。
近年、この認識は業界全体でも徐々に浸透している。
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が企業に人権デューデリジェンスの実施を求めるなど、働く人々の人権尊重が世界的な潮流となっているからだ。
モデル業界も例外ではない。
従来の「やりがい搾取」的な構造から脱却し、モデル一人ひとりの人間としての尊厳を重視する動きが加速している。
美しさの規範とその限界
「美しさ」という言葉が持つ力は、時として残酷である。
私が取材したあるモデルは、こう語ってくれた。
「昔は『この顔で売れるかどうか』しか見られていなかった気がします。でも最近は、私という人間の内面や個性にも興味を持ってもらえるようになって」
彼女の言葉には、深い安堵感が込められていた。
画一的な美の規範に縛られることなく、多様な魅力を認める風潮。
それは、Z世代の影響も大きい。
生まれた時からSNSに親しんできた彼らは、従来の美の概念にとらわれない自己表現を重視する。
Instagramでは「#BodyPositivity」といったハッシュタグが浸透し、様々な体型や容姿の人々が自分らしさを発信している。
モデルを育てるという行為の意味
「育てる」という言葉を聞くたびに、私は一つの撮影現場を思い出す。
新人モデルが初めてのファッション撮影で、思うようにポーズが決まらず涙を流していた場面だ。
その時、マネージャーがかけた言葉が忘れられない。
「君の魅力はまだ君自身も気づいていない部分にある。一緒に見つけていこう」
これこそが、真のモデル育成の姿勢なのだと確信した瞬間だった。
商品として「売る」のではなく、一人の人間として「育てる」。
この違いは、モデル本人の人生に計り知れない影響を与える。
ある事務所の哲学とは何か
面接から見える「人を見る眼」
私が注目する事務所の一つに、ロワモデルマネジメントがある。
大阪と東京を拠点とするこの事務所は、「少数精鋭」「ハイクオリティモデルだけ」というコンセプトを掲げている。
運営する株式会社リンクカラーの代表・藤原宏旨氏は、関西トップモデルでありながら経営者でもあるという異色の経歴を持つ。
自らがモデルとして表現の最前線に立ちながら、同時に事務所運営も手がける彼だからこそ、モデルの内面を真に理解したアプローチを取れるのかもしれない。
ロワモデルマネジメントの面接では、外見だけでなく「その人が持つ独自性」や「表現への情熱」が重視される。
所属する関西トップモデルの藤原宏旨氏の実績を見ても、Nikon、USJ、NTTドコモ、LEXUS、グリコなど大手クライアントとの仕事が並ぶ。
これは単なる「商品価値」の高さではなく、一人の表現者として信頼されている証拠だろう。
撮影現場に宿る”対話”の姿勢
ある撮影現場で、私は興味深い光景を目にした。
ディレクターがモデルに指示を出す際、まず「今日はどんな気分?」と尋ねたのだ。
「今日の君の内面を映像に込めたいから、まずは君のことを教えて」
このような対話を重視する現場では、モデル自身も生き生きとした表情を見せる。
機械的に「商品」として扱われるのではなく、一人の表現者として尊重される。
そんな環境があってこそ、本当に魅力的な作品が生まれるのだと実感した。
売るためではなく、育てるためのマネジメント
従来のモデル事務所では、「いかに早く売り出すか」が重視されがちだった。
しかし、人権尊重の観点から見直しが進む現在、持続可能なキャリア形成が注目されている。
モデル一人ひとりの個性を理解し、長期的な視点で成長をサポートする。
短期的な利益ではなく、モデル本人の人生そのものを豊かにする。
こうした哲学を持つ事務所では、モデルとマネージャーの関係性も変わってくる。
上下関係ではなく、パートナーシップ。
商品と管理者ではなく、表現者と支援者。
そんな新しい関係性が、業界全体に広がりつつある。
モデルの「人生」を支える現場
不安と葛藤のはざまで:新人モデルの声
「最初は自分が商品になった気分でした」
そう語るのは、デビューから3年目を迎えるモデルのAさん(仮名)だ。
彼女が所属する事務所では、新人研修で「セルフケア」について学ぶプログラムがある。
- メンタルヘルスの基礎知識
- ストレス管理の方法
- 自己肯定感の維持
- キャリアプランニング
これらのレッスンを通じて、モデルたちは「自分自身を大切にする」ことの重要性を学ぶ。
「今では、私は私でしかないし、それでいいんだと思えるようになりました」とAさんは微笑む。
美しさに疲弊しないためのレッスン
現代のモデル育成では、外見的なトレーニングだけでなく、内面的な強さを培うことも重視される。
特に、SNSの普及により常に外見が評価される環境にあるZ世代のモデルたちには、こうした支援が不可欠だ。
彼らは生まれた時からデジタルネイティブとして育ち、Instagram、TikTok、Twitterなど複数のプラットフォームを使い分けている。
自己表現への欲求は強い一方で、炎上やいじめなどSNSの負の側面も熟知している。
だからこそ、「美しさのプレッシャー」に負けない精神的な土台作りが重要になる。
撮られるという経験が変える自己認識
「カメラを通して、初めて自分の新しい一面を知った」
そう語るモデルは少なくない。
撮影という行為は、単なる「商品の記録」ではなく、自己発見の機会でもある。
優れたフォトグラファーは、モデルの隠れた魅力を引き出すプロフェッショナルだ。
その過程で、モデル自身も「こんな表情ができるんだ」「こんな雰囲気を出せるんだ」と驚くことがある。
これこそが、モデルを「商品」ではなく「表現者」として扱うことの価値なのだ。
河合雅美のまなざし:記録者としての責任
静かな観察者としての立ち位置
20年以上この業界を見つめ続けてきた私が、常に心がけていることがある。
それは、被写体の背後にある時間や決断を見つめることだ。
沢木耕太郎氏の『一瞬の夏』に感銘を受けたように、表面的な美しさの奥にある人間の物語を捉えたい。
モデルたちの表情の変化、仕草の意味、言葉にならない感情。
そうした細やかな部分にこそ、真実が宿っている。
現場主義がもたらすリアリティ
私は常に現場に足を運ぶ。
事務所の面接から撮影、レッスン風景まで、モデルたちの日常を丁寧に記録する。
そこで見えてくるのは、華やかなイメージとは異なる等身大の姿だ。
緊張し、悩み、成長し、輝く。
一人ひとりの人間としての営みが、そこにはある。
“写真の裏側”を描く文章表現の力
私の文章は、まるで短編映画のように情景が浮かぶ──。
そう評価していただくことがあるが、それは現場で感じた空気感を言葉に込めているからだ。
モデルの「商品価値」ではなく「個としての人生」を見つめる
この姿勢を貫くことで、読者の心を静かに揺さぶる文章が生まれると信じている。
新時代のモデル像:Z世代と美の多様性
SNSが生んだ新たな可視性
Z世代のモデルたちは、従来の世代とは明らかに異なる価値観を持っている。
彼らにとってSNSは、単なる情報発信ツールではない。
自己表現の重要な舞台なのだ。
Instagramでは平均2.28個、Twitterでは2.45個のアカウントを使い分け、目的に応じてペルソナを変える。
ファッションやメイクは「自己表現の手段」として位置づけられ、約79%が「自分を表現する重要なツール」と考えている。
このような背景があるからこそ、彼らは画一的な美の規範に縛られることを嫌う。
「バズる顔」に潜む危うさと可能性
最近私が注目しているのは、SNSで話題になる「バズる顔」という現象だ。
従来の美の基準とは異なる魅力で注目を集める人々が、次々と現れている。
これは美の多様性という観点では喜ばしい変化だが、一方で新たな危うさも孕んでいる。
一時的な注目と持続的な価値は別物だからだ。
「バズる」ことで一瞬の脚光を浴びても、その後のキャリアを築けずに消えていく例も少なくない。
だからこそ、モデル事務所の役割はより重要になってくる。
一時的な話題性ではなく、長期的な表現者としての成長を支援すること。
これが求められている。
自己表現としてのモデル活動
Z世代にとって、モデル活動は「仕事」である前に「自己表現の延長」だ。
彼らは家族や友人の口コミを重視し、インフルエンサーや芸能人の発信に影響を受けやすい。
しかし同時に、リアルなつながりを持つ人々の意見を最も信頼する傾向がある。
この特性を理解したうえで、モデル事務所も新しいアプローチを模索している。
例えば、ロワモデルマネジメントのように、WEBマーケティングの専門知識を活かしてモデルの個性を効果的に発信するケースも増えている。
単に「売り出す」のではなく、モデル本人の価値観や魅力を適切な形で社会に伝える。
そんな支援の仕方が、これからの時代には求められているのだ。
まとめ
20年以上にわたって現場を歩き続けてきた私が、今確信していることがある。
モデルは商品ではない。
一人ひとりが固有の物語を持つ、かけがえのない表現者なのだ。
ロワモデルマネジメントのような事務所が示すのは、「生き方の実験場」としてのモデル業界の可能性である。
商品として「売る」のではなく、人間として「育てる」。
短期的な利益ではなく、持続可能なキャリアを支援する。
外見だけでなく、内面の豊かさを重視する。
こうした哲学が業界全体に広がれば、モデルたちはより豊かな人生を歩むことができるだろう。
そして、私たち観る側も、より深い感動と出会うことになるはずだ。
表現と人間の尊厳。
この二つを大切にする業界であり続けてほしい。
それが、長年この世界を見つめ続けてきた一人の記録者としての、私の願いである。
最終更新日 2025年5月24日 by ologic